我が拳客商売

拳の研究・指導を生業に据えての世渡りの中で起こる悲喜こもごもを、筆の赴くままに書き綴っております

不定期連載 『アラブのプリンス』 その3

前回までのあらすじ

人間観察を楽しむ私に新たなターゲット出現。宇都宮市の釜川で料理店を開いた“アラブのプリンス”である。
この王子様、店を開いたものの乳母日傘で育ったためか、やることなすこと外しまくり。女性店員の珠美もとことんマイペースを貫き、珍道中を展開する。そんな彼の店に団体さんの予約が入る。チャンス到来は良いのだが・・・。



週が変わり団体さんの予約日が近づいて来たある日、プリンスの店から電話が入る。電話に出ると珠美。彼女いわくプリンスが当日我々も店に来てくれと言っているそうだ。

家内は店を手伝って謝礼を貰う。俺は手伝いはしないが、サクラ兼盛上げ係として飯ぐらいは出してくれるようだ。

どうやら例の団体さんに受けがいい我々がいることで、間を持たせようということらしい。店の段取りの悪さをカバーしてくれ、というわけ。


なんで俺に手伝いを頼まないのかと言うと、俺はこいつの段取りの悪さを指摘するからだ。王子様は叱られることにとことん弱い。俺をロハで使おうという王子様の虫の良さにはあきれてしまったが、取材の為にあえて乗ることにした。


当日、かなり早めに店に入る。


よう王子!仕込みはバッチリかい?

− 食材はきちんと準備したね。

俺はそんなこと聞いていないよ。お通しとかさ、乾杯した後の最初の料理とかそんなのは、もう卓に並べておけよ

− それはこれから・・・。だってお客さんの好き嫌いとかあるし。

お前、馬鹿じゃねえの!と怒鳴りつけたいところだが、ぐっとこらえて優しく諭すことに。「いいか、王子。団体さんがスムーズに楽しめるように準備しとく方がいいぜ。お前らの料理は結構イケるんだけどさ、こだわりの料理ってのはほら、少し時間がかかるだろ?」


プリンスは“結構イケるこだわりの料理”というところに反応して、ニコニコしながら料理に時間がかかる理由を話し始める。

「いやだからさ、お客にそれを説明してもしゃあないだろ?早く出せるものを出してまずは時間稼ぎしようよ」

俺の説明にうなずいて機嫌よく準備を始める王子様。まだ時間もあるし、なんとか上手く乗り切れそうだ。


予約の時間が近づいて来た。俺は親父たちと馬鹿話をして盛上げてやれば良い。家内の実家は結構流行っているお好み焼屋だから、飲食店の手伝いは慣れたものだ。

俺は人間観察をする場合、そいつを転がしたりいじめたりすることもあるが、基本、転がしながらそいつの着地点を一緒に探って行くというスタンスだ。転がしてイジメて刈り取って終わりではない。

イジメは教育である、というのが私の持論だが、真のイジメは相手の成長を願う心が無いといけない。

さて本題なのだが、例の団体客をどう盛り上げようかな。親父たちが気に入れば、9月のイベントに店を使ってもらえるぞな。


予約時間の8時になる。団体さんはまだ現れない。しばし、待つ。15分ほど経ったので珠美に電話を入れるよう促す。すると、信じられない答えが。


「私、電話番号聞かなかったんです」

こんな基本中の基本すら、忘れていたのか・・・。ということは、事前の確認電話すら入れていないんだな。

名前くらい聞いていないのかよ。「えと、高橋さんとだけは聞いたんですが」あのなぁ、宇都宮だけでも高橋さん何人いるんだよ。


30分が経過しても連絡なく、ドタキャンがほぼ確定となった。珠美は泣き始める。王子様は相当ムッとしつつも彼女を責めない。イスラム圏では人前で叱る行為は厳禁だと、話では聞いたが、これには少し感心した。

さて、それはそうとて、プリンスが用意した食材をどうにかしないといけないな。家内は珠美と組んでお客の呼び込みを始めた。


ほどなくして、オタク風の男女十数名が釜川のほとりを歩いて来た。近所でオタクさん達のオフ会があって、二次会の場所を探していたのだった。なんとか店に入ってもらう。


何某かのお客が入り、ワイワイとやればそれにつられて他のお客さんが来る。この日は何とか格好をつける事が出来たので、我々は店を後にした。


珠美の尻拭いまでやって、獅子奮迅の家内であったが日当は全くの約束通りであった。「人生、意気に感ず」という言葉は王子様の辞書には無いようだ。ま、かしずかれて育ったんだからしゃあないわな(笑)。


(つづく)