我が拳客商売

拳の研究・指導を生業に据えての世渡りの中で起こる悲喜こもごもを、筆の赴くままに書き綴っております

仕事と芸道

先日、久しぶりに佐野の珈琲音(かひあん)に行ってきた。

おすすめ珈琲のパナマ・ドンパチ(←すげー名前だな)をいただく。

家内の主宰するダンス教室に珈琲音の店員さんが来てくれているとか。

お世辞抜きでセンスがある、と家内はべた褒めである。

マスターの奥さんによれば、その方は子供のときにバレエだか体操だかをおやりになっていた由。

そのアドバンテージはあろうけれど、それだけではあるまい。

大体さ、珈琲音で6年勤まること自体が並じゃないんだよな。

気付きや読みそして行動力が無いと、とうてい勤まらない。接客業とはそういうものだと言われればその通りなのだが、このお店の接客はなかなかである。

マスターの要求は厳しいしね。

聞けば、皆で貯金して年に一度は東京の超一流店で食事しに行くという。無論、接客のプロに触れることが目的だ。

名刀に触れていれば、間違っても駄刀を買うようなミスはしない、とは高木先生の教えであるが、自分が一流になろうと思ったら、とにかく一流に触れて感性を磨くことだ。

私が良い物を食べ、良い人に会うべく行動する理由はそこにある。

その繰り返しで鍛えた感性は、他の分野にも通用する。特に仕事と言う必然性をともなう行為を通して感性を鍛えると、相乗効果を生む。

私自身、仕事で鍛えられた部分は大きい。一応私は世間で大企業と言われるところに勤めているが、一流とされる企業には人を育てる仕組みがある。

出世を目指さない、と何度も書いているが、仕事を手抜きするということではないのでお間違いなく。

納期と品質を満たしながら仕事を仕上げる能力というのは、武道にも展開できるし、そのまた逆もまた真なり、である。

武道が強くなりたければ、一番いいのはプロになることであろうが、その次はきちんとした仕事をすることだ。

質の低い仕事・責任感の無い仕事をやる人間は、確実に脳の機能が衰える。

かりに仕事があまり脳を刺激しないものであれば、それ以外の場所で脳を刺激するべきだろう。

馬鹿に武道は出来ない。