肚を決める
ある身体表現のプロ教師講座のテキストに、「○×における Essential と Basic の違いについて述べよ」というテーマがあるそうな。
なかなか鋭い質問だ。それについて教えてくれたのは家内であるが、どうやらそれについて私に答えを聞きたいらしい。その○×については私は知らないので答えようがない。
嫁「太気拳ならどう?」私「うん。Essential すなわち本質的な要素でしょ。それは“▽X◆□●”ってことだろ。んで、それを実現するために Basic として立禅・這とかあるわけよ」
家内が知りたい答えには、まだ届いていないらしい。なぜか。家内はそのことについての定義がまだ出来かねて居るからなのだろう。
思うに、講師の意図は講座生にそれを考えさせることにあるのだろう。考えた結果正解が出せればそれはハッピーなんだが、まずは考えさせること。それは対象への取り組み方を決めることでもある。
自分が取り組むべきことの定義というか核がしっかりして居ないと、ちょっと波風がたったら中心軸がぶれる。しかし、やるべきことさえ分かって居れば、迷った時に戻るべき場所もわかる。
人生全般で言うなら、いかに生きるべきかと言う座標軸の設定、すなわち“肚決め”だろうね。これは全ての人に言えることだ。
単純な話だ。私は単純にブレずに進みたい。人生ってヤツは短いんだからさ。座標軸がブレて居なくたって、迷いは生じるしスランプは通るんだから、核ががずれちゃったらもうアウトだろ?
俺はシンプルな人なの(笑)。人生、やるかやらないか。やらないことが悪いんじゃないんですよ。やりたいのに行動を恐れてウジウジ言っているやつ、行動を起こす人の足を引っ張るヤツが問題なの。
ふらふら生きるならそれで良いんだよ。肚を据えてフラフラせえや。だけどさ、フラフラ生きて居るヤツに限って結果が出てから急に焦り始めて、病気になっただの、友人が居ねえだの、誇るべきものが無いだの、出世できねえだの・・・うるせえっての(笑)。
まずね、肚を決めましょーよ。自分はどうしたいのか・したくないのか。するべきなのが、ぜざるべきなのか。ビシッと肚を決めて、あとは行動あるのみだ。
あ、肚を決めるのが先だぞ。浅はかな考えで突っ走るだけじゃ、駄目だぜ。後悔、朝立ちせずっていうからな。じゃあの!