我が拳客商売

拳の研究・指導を生業に据えての世渡りの中で起こる悲喜こもごもを、筆の赴くままに書き綴っております

一の太刀

豪快!桶蕎麦


以前も書いたが家内はダンスの先生をやり始めてしまった。のみならず、近隣のショッピングモールやら飲食店でのイベントにも出ている。

最近のテーマは「しょっぱなで決めること」なのだとか。これは大事です。

俳優の高倉健さんが居合を学んだ羽賀準一先生は、「一の太刀」ということを盛んにおっしゃっていた、ということを大学時代に健さんのエッセイで読んだ。

初めの横払いの抜き付けで相手に斬りつける。この一の太刀を相手が辛くも避けた設定ではあるが、此処で相手を完全に呑んでしまうからこそ、ゆうゆうと大上段から真っ向斬りに出来る、とのこと。

技術以上に大事なのが、一の太刀にかける気迫であるとか。

大俳優の高倉健さんは、羽賀先生の一の太刀にいたく感銘を受け、俳優である自分も一の太刀で観客を呑み込む存在になりたいと思ったという。・・・健さん、出てくるだけで絵になっているもんなぁ。

現象として初手で斬り捨てるかどうかは問題では無い。初太刀が避けられたら、追撃すれば良いだけのことだから。しかし、相手を呑み込む気迫が技に乗らないと、相手は崩せない。崩れて居ない相手にやみくもに連撃しても、返り討ちにあうだけだ。

ぐっとレベルを落とすと。家内が「しょっぱなで決める」大事さを初めて身を以て知ったのは、実家の仕事を手伝った中三の頃だそうだ。

「XX子、早く店に来て手伝え!」父からの電話で家内が店に向かうと、店内は異常な緊張感に包まれていた。家内の実家はお好み焼屋さん。日本最大の広域ホニャララ団の本部が目と鼻の先にあり、時々大幹部の御来臨がある。

この日もゴルゴ13のような兄さんを狛犬のように従えた大幹部が、カウンターにどっしりと鎮座しましましている。父は「XX子、モダン焼き御注文だ」といそいそと別の仕事に取り掛る。

お義父さん、さすがです!

嫌な汗が背中を伝う。「お父ちゃん、焼けたわ。ひっくり返して」と家内。いままでモダン焼きは焼くところまでで、返しは父に頼んで居たとか。原価の高く具沢山のモダン焼きの返しを失敗すると、かなり悲しいことになる。

原価もさることながら、焼き直しにかかる時間を考えると失敗は許されない。

義父は「お前が行け。わしゃ、忙しいんじゃ」とはねつける。じりじりと焼けて行くモダン焼き。焦げたら焦げたで、これも商品にならない。罵詈雑言が飛んで来るだろう。

大幹部がカウンターに肘を掛けて身を乗り出して焼け具合を確認する。家内の脳裏にマイナスイメージが過る。この至近距離でモダン焼き返し損ねて、親分さんの顔にぶちまけたら、どないなるんやろ・・・。

「ええ色になって来たのう!そろそろちゃうか?」と大幹部。ええい、ままよ。家内は思い切ってモダン焼きをひっくり返す。モダン焼きは宙を舞い、見事着地。どっと毛穴から汗が噴き出た。

「上手いもんやのぉ」大幹部の表情がほころぶ。おお、やった。喜んでいらっしゃる!この日を境に、家内はいかなるお客さんの前でも“一の太刀”を決めるようになった、とか。


実は最近、ある表現者のイベントを観た。初太刀で決める気迫が全くないことに、驚いた。さらに驚いたことに、失敗した後に「今のは無し」だって。

だから座が白けるんだよ。

だったら銭とって人前で表現しなきゃ良いのに、な〜んてちょっと意地悪なことを考えてしまったワタクシであります。ひとりひとりは、いい子たちだったけれどね。


この子らがお好み焼いたら、親分さんにぶちまけちゃうんじゃないかい?まあ、親分さんの顔にモダン焼きブチ撒いても「今のは無し!」って言えれば、それはそれで凄いけどな(笑)


【今日の1枚】
小山市の大栗屋さんで頂いた、桶蕎麦特大+鱧天婦羅。剣道家である荒井先生が打たれたお蕎麦の美味さは、絶品!!まさに「一の太刀」であります。