我が拳客商売

拳の研究・指導を生業に据えての世渡りの中で起こる悲喜こもごもを、筆の赴くままに書き綴っております

武道救国論 その1


三代目の首領様も勢い良く狂っていらっしゃる方みたいですね。

コントロールが利かないミサイルって言うのは・・・これは怖いですよ。


北の困ったミサイル:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120329-00000267-yom-int


そろそろ日本も本気で再軍備しなきゃダメでしょう。専守防衛とかロクでも無い妄想はどっかにおいといて、まともに“武”に向き合わないと本当にどうしようもない三等国に成り下がる。

平和というのは、ぼけっと緩みきってニコニコしていれば保たれるものではなくて、一旦緩急あればすぐさま対応できる武力があって初めて維持して行けるものだ。

人間同士の関係に落とし込んで考えたって、こんなことはすぐに分かる。


お人好しの金持ち坊ちゃんが、毅然として周囲に向き合えず常におどおど周囲の顔色をうかがって暮らしているとしたら、これはもう良いカモになるのは目に見えて居るよな。

貧しくて飢えていたら、働いて能力を磨いてリッチになろうと考えるか、かっぱらいや詐欺、恐喝をやってでも生き延びようとするか、どちらかしか無いだろう。

で、かなりの割合で後者=犯罪者となってでも生き延びようとするやつが出る。


アナタはこういう輩に食われて大丈夫ですか?と質問したならば、大概の人の答えはNo!でしょ。

そういう輩が近所に住んでいて自分や家族、周囲の人々を付け狙っているとしたらどうするの?警察に相談して動いてくれれば良いけれど、警察が動くのは犯罪が起きた後。そんなのもう遅いって!


ならば自分の身は自分で護るしかない。臆さず侮らず、毅然として立ち向かい、あるいは離脱するなどして、身を全うするしかない。

男ならば、時には愛する者を護り切る為に、自身の身命を顧みず勝ち負け度外視でぶつかるということも、選択肢に入れねばならないだろう。

その肚決めをすることで自分の行動に責任を持ち、自身の人生を迷い無く歩む。それが出来て初めて一人前の男です。それ以下の存在を私は男とは呼ばない。

腕力の強弱ではなく、肚決めが出来てブレない軸を持っているか否か。これが出来ていない人間はどれだけ腕力が強かろうと、私にとってはものの数ではない。


そして、武を行ずることで己の心身を研ぎ澄まし、天地自然の摂理に沿った生き方の指針を探り続け示し続ける者を武士・武人と言う。

日本が明治維新を経て近代化の荒波を見事に乗り切った最大の要因は、武人が指導者であったからであり、それ以外にはあり得ない。

その他の要因をごちゃごちゃいうヤツが居るけれども、そんな枝葉末節にこだわるから男になれないんだって!


現代の日本の指導者の体たらくは、実態・思想の両面における武の衰退にあると断言する。

(つづく)