我が拳客商売

拳の研究・指導を生業に据えての世渡りの中で起こる悲喜こもごもを、筆の赴くままに書き綴っております

福島先輩の思い出

昨日は赤尾先生の政見放送を皮切りにユーチューブ楽しんでしまい、就寝は午前4時過ぎ。起床は7時ちょっと前。明らかに睡眠不足です。

犬の散歩と朝稽古をして30分仮眠を取り、東京へ。都内某所でヨガの先生のお話を伺いました。あまり身体は動かさず、瞑想に関する講義とトレーニング。先週に引き続きカフェインドーピング。今日は『眠眠打破』にお世話になりました。

それでも瞑想中、だいぶ眠ってしまう。以前に比べ、寝ない、ということに対してはかなり弱くなりました。

8年前に高木先生の足の怪我の治療に湯治に出かけました。その日は先生と先輩二人を交えて盛り上がり、2時間も寝られなかったですが、帰路、新宿に到着後に新宿御苑で約6時間稽古。さらには、そのまま高田馬場での稽古に参加してもピンピンしていました。

33歳になる直前の頃ですが、体力、特に回復力があったんだなぁ。

当時は個人的に色々な事がありましたが、大恩人である福島正道先輩(現・太気拳至誠塾ブラジル支部長)のお話がきっかけでスパッと払拭し、太気拳の稽古に打ち込み始めた頃でした。

日曜日は半日がかりで個人的に稽古をつけて頂きました。後に仲間が集まり、有志の稽古会という形になりましたが、最初は二人きりということが多く、お互いがキレると誰も止めに入る人が居ないので閉口しました(笑)。

稽古の後にはお茶を飲みに行くのですが、そこでの“ご講話”も面白かったな。「人生、やることやって死んでいくだけ」「所詮、やって死ぬか、やらねぇで死ぬかだからな。んで、大概の奴はやらねぇ理由見つけて、ため息ついて死んで行くんだよ」いつも先輩はそう言っていました。

そんな先輩と向き合っているとウジウジ悩んでいることがバカらしくなり、“やって死ぬ側”にまわろうと心を決めたわけです。

先輩に与えられた課題は難しく、仕事と稽古の両立では一応人並みの苦労はさせて頂きました。おかげで不器用な私は睡眠不足の日々が続きました。

太気拳を伝えて行くという決意が出来たのは、福島先輩との出会いが大きかったと思います。それがなければ単に熱心な稽古生のままだったかも知れません。

もっとも、今とて高木先生や福島支部長に言わせれば「まだまだ取り組み方が甘い!」と雷を落とされるかも知れませんが・・・。

来年6月を以ちまして、は個人的に太気歴10年となります。福島先輩に出会ったころのモチベーションを思い出し、しっかり取り組んで行きます。もちろん、睡眠もきちんと取ります(笑)。40歳ですから。