我が拳客商売

拳の研究・指導を生業に据えての世渡りの中で起こる悲喜こもごもを、筆の赴くままに書き綴っております

ウチの親父

東京の実家に闘病中である親父の見舞に行った。病に倒れてから10年経つ。仕事を引退して数年、これからというときに病に倒れた。

まだ現役の勤め人の頃、親父は「退職したら道場をこさえて、不良少年でも集めて更生させてやるかの。その時はお前手伝え」と時折語っていた。

父が元気なころは、とにかく厳しくて恐ろしかったという思い出しか無い。稼業の人と思しき方も、父が不機嫌そうに睨みつけると明らかに目を伏せていた記憶がある。おかげで他人を心底怖いと思った経験があまり無い。

そんな父であったが、今は別人である。弱弱しく私の言葉にうなずく姿に昔日の面影はない。自己の体力への過信と短気が彼の心身を蝕んだであろうことは、間違いあるまい。

かなり手が早かった私が、闘気をあまり前面に出し過ぎて生きて行くことに疑問を感じるようになったのは、反面教師としての親父がいたからであろう。

実家に帰る最中、20年前に行きつけであったラーメン屋に立ち寄った。マスターは相変わらず元気そうであり、自慢のスタミナ飯と餃子は昔と変わらぬ味わいであった。変わっていたのは、彼の表情が少し柔らかくなっていたこと。

常連だったころ、マスターの目つきは厳しく、柔道家のような体躯と相まってかなりの威圧感があったものだ。それゆえか店の若い衆が長続きしなかったようだ。

還暦になっているだろうマスターの元気な姿と柔らかくなった笑顔を見て、私ももっと人さまに優しくなろうと思った。実は昨日家を出る直前に、些細なことから娘を怒鳴りつけてしまったのである。

手こそ出さなかったが、かなりの剣幕で怒った。親父の全盛期と比べると8%程度の濃度であるが、それでもかなりコタエル言い方になったはずだ。

病院でその話をしたら、親父は「バカをいうなよ〜」苦笑いしていた。願わくば、この笑いを少年時代に見たかったという想いはあるが、それはもう言うまい。