我が拳客商売

拳の研究・指導を生業に据えての世渡りの中で起こる悲喜こもごもを、筆の赴くままに書き綴っております

秋入学??

東大が秋入学への全面移行を検討しているそうですが、こいつらバカですね。


http://sankei.jp.msn.com/life/news/120120/edc12012019290003-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120118/edc12011821460009-n1.htm


「入試自体は現行通り春に行うとした上で、高校卒業から秋入学までの半年間に、ボランティアなどを積ませることで、受験競争で染みついた偏差値重視の価値観をリセットし、大学で学ぶ目的意識を明確化できると指摘」(記事抜粋)


ボランティアなど(の経験?)を積ませるって、いうけれど・・・それ義務化するの?したらしたできっと形骸化するね、それ。しなきゃしないで、時間を浪費する期間が増えるだけだろ。

偏差値重視の価値観に問題があるのなら、そもそもそこから何とかしろよ。

大体ね、提案しているヤツが偏差値重視の価値観に染まっているわけだし、そういうやつが実感の伴わない言葉遊びしているだけっていうのが、丸見え!


やはり偏差値秀才っていうのは本質的に馬鹿だね!バカだから、正解を丸暗記するような非人間的な勉強を何年も続けられるんだ。

高校生クイズとか出ている連中って、みんな高偏差値の学校でしょ。んで、出場者ってみんな感情が薄そうな頼りない顔つきしているじゃん。

電車の中で目を血走らせてプレステやっているやつと、同じ顔つき。


生命の息吹が燃え上がる4月に入学するから、新しい世界に飛び込んで行く気合がむくむくと湧き上がるわけでしょ。


「 春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて 涼しかりけり」 道元


四季の移ろいが日本人の豊かな感性を培ったわけで、国際化の名のもとに「わび寂び」も分からないバーバリアン共の腐った感性に合わせることなんかないんだ。


感性っていうのは気づき・観察から生まれるのだけれど、これはある程度若い時期に培ってあげる方が良い。

鉄は熱いうちに・・・は感性面については特にあてはまる。感性・センスは暗記では養成できない。

周囲の環境やそれに伴う感情の変化に気づけるか。それに気付いて育てて行けるのか。

論理や知識はあとからいくらでも獲得できるけれど、魂が柔軟性をなくしてから感性を培うのは骨が折れると思うね。

身体だって年をとったら硬くなるけれど、柔軟性を無くした身体は気づきに対して鈍くなるもんだ。


大層な大学出ていても、そういう人間の基本の部分が分からないんじゃ、どーしよーもないな(笑)。


結論:秀才はバカである


以上!