我が拳客商売

拳の研究・指導を生業に据えての世渡りの中で起こる悲喜こもごもを、筆の赴くままに書き綴っております

心を作る 〜 その1

剣道の地区大会での話。

ある中学校の副将が大事な試合を落として、チームが団体戦で負けた。まあ、よくある話なのだが、問題なのはそこから先。

監督の先生が去った後、メンバーの一人が悔しくて泣きじゃくるその子(副将)に罵詈雑言を浴びせ、ブン殴ったという。おまけに道場の行事に参加するな、と怒鳴って会場を後にしたそうだ。

ひどい話だと他人事のように聞いていたら、その傍若無人な剣士は知っている方の子供だったと聞いて、二度びっくり。

その親御さんも剣道関係者で、数名いる子供たちは全員小さい時から剣道をやっている。親しい知人ではないが、私の知る限りは立派な方であるのだが・・・。

負けようと思って負ける子はいないし、そもそも、試合をやれば半分は負けるのだ。その子にしたって自分自身、無敗というわけじゃないだろ?

親が試合結果に一喜一憂しているから、子供にまでそれが伝播するんじゃないの?

大体、剣道は試合が多過ぎ。競技の厳しさや良さを私は否定しないが、やはり武道が競技に染まり過ぎるのもどんなものですかね?

そもそも中学生あたりの試合での勝った負けたが、そんなに重要なんですか?将来の大成を考えたら、小中学生は理にかなった美しい基本と身体作りを主眼に置いて稽古する方が良い。

そしてやっぱり仁義礼智信といった心の修養でしょ?ここが出来ない人間に武術を稽古させると言う事は、社会にとっては害毒にしかならないですよ。

親父さんは剣道の高段者なんだから、それくらいわかっていると思うんだけれど。

巾着切りや空巣ねらいみたいなセコイ技に一本を与えないのが、剣道の良さであると思う。これは立派な見識だ。しかしながら試合が多過ぎるのは、やはり勝てば官軍の思考に染まりやすいだろう。

勝てば官軍、の思想の果てにあるのは武道の堕落でしかない。

(つづく)