マイ左遷ライフ 〜その3
久々に後楽園ホールの熱気に包まれると、気分が高揚してくるのが自分でも分かります。私は必ず4回戦から見ることにしています。
色々な方が言われていることですが、4回戦にこそボクシングの醍醐味がある、とも言えるからです。無名なりに大志を抱いてリングに上がる若者も居れば、世界タイトル云々には関係なく、プロのリングで戦ってみたいと言う憧れを原動力に、30歳近くになってプロデビューする者も居ます。
職場の仲間と思しき人たちも駆けつけて来て、同僚の試合を見て「あいつ、あんなにファイトがあったのか!」と驚いているシーンも珍しくありません。
テレビで見る試合も良いですが、リングサイドで見る生のボクシングは“殴り合い”の場に立ち会っている、という臨場感が違います。
有名選手は勿論のこと、無名の選手でもプロのリングに上がる、という時点で“俺達のヒーロー”になるわけです。
さて、知人の弟さんは接戦の末、めでたく虎の子の日本タイトルを防衛することが出来ました。
ホールからの帰り道、私はボクサー達の真剣なまなざしと研ぎ澄まされた肉体に、思いを馳せていました。彼らの真剣さに比べたら、エネルギーを持て余して喧嘩相手を探している自分が、何かとても矮小な存在に思えて来ました。
ボクシングを稽古してみよう、という決心をするのに時間はかかりませんでした。当時の私は古流の剣や柔を学んで居り、丁寧に動きを精錬して行く稽古方法や、剣を背景にした体術の世界に遊学していました。多くのことを学ばせて頂いておりましたが、肉体をぶつけ合う稽古がしたくなって来ていました。
ボコボコの殴り合いをしてみたい。それも、玄人を相手にして、自分にもリスクがある戦いをしたい、という気持ちが高まっていたのです。どうせなら、蹴りを封印して拳だけでどれだけ殴り合えるのか確かめてみたくなりました。
次の日、会社の近所にあったバトルホーク風間ジムを訪ねました。「失礼します!」とジムの扉を開けると「こんばんは!」「押忍!」と練習生たちから気持の良い挨拶。
真正面の会長席に座っていた男性が立ち上がる。「オ〜ス。見学か?」「いえ、入門したいのですが」ふ〜ん、と言って会長と思しきその御仁は一言。「ちょっとバッグを打ってみろ」
着替えを済ませ、さっと体をほぐしてサンドバッグに向かう。何度か軽く打ってから、思い切り打ちこむ。練習生が手を止めて私の打ち込みを見て居る。
(つづく)