我が拳客商売

拳の研究・指導を生業に据えての世渡りの中で起こる悲喜こもごもを、筆の赴くままに書き綴っております

武道歴??

高木塾長が私を人に紹介する時「武道歴30年」という表現をお使いになる。私が32、3歳の頃からそう言っていたので、さすがにそれは大袈裟にオドケテ表現されていると分かりますが。

まぁ40歳になるとそれもウソには聞こえなくなる。子供のころ時々親父に捕り手や突き蹴り、組太刀などの手解きを受けたことをカウントすれば、間違いなく30年以上関わっていると言えるのだが、本格的に始めたのは15歳くらいからだ。

別に歴を長く言おうが短く言おうが、実力が変わるわけでは無いのでどうでも良いのだが、じゃあなぜことさら取り上げるのかと言うと、世間で言う「武道」と私の考えるそれとに若干の差異があるゆえ。

誤解を恐れずに言えば、子供には武道は出来ない、というのが持論だ。ではなぜ少年部で子供に空手を教えるのかというと、武道を始めるための丁度良い準備運動だと考えているからである。

格技の練磨により場を収め身を全うするのが武術であり、武術の稽古を通じて主体的に生を創造する行動哲学・人間学の構築が武道だと、私は考える。

だから私が考える“武道”が始められるのは、どんなに早くても昔で言う元服、すなわち義務教育終了後あたりからではないだろうか。それまでの間、準備期間として格技を稽古するのは無駄にならない。だからと言って多少器用に動こうが、子供には武道は出来ない。

武道を始めてある程度「出来る」というのに10年くらいはかかるだろう。戦う技術だけではなく体調の調整方法や危機管理術など、戦う以前ファクターにも精通する必要がある。

格技の側面だけとれば、4〜5年もあれば相当なところに達するだろう。しかし、強さなど所詮相対的なものであるし、状況次第で変わってしまうものだ。軍事力の行使にあたりシビリアンコントロール文民統制)という言葉があるが、武術家・武道家は少なくとも文民と軍人の双方が出来ないと務まらない。

お前はどうなんだ!と言われると困ってしまうのだが、まぁ、少なくとも武道人たらんとする気持ちだけはこの20数年間持ち続けて日々稽古しております。

端くれではありますが武道家の矜持を忘れずに日々行動したいものと、夜更かししながら独り思うワタクシでございました。