我が拳客商売

拳の研究・指導を生業に据えての世渡りの中で起こる悲喜こもごもを、筆の赴くままに書き綴っております

中心力 - 千代の富士の強さ(鉄)

YouTube で第58代千代の富士の53連勝の取組みの動画を観た。強い!!の一語に尽きる。

当時大学生だった鉄太郎は、アノ強さを見慣れていたのだが、久しぶりに見てどんなに強い横綱だったか思い知らされた。

現在の横綱である第68代の朝青龍が、やさしく見えてしまうほどだ。

大きな怪我が無ければ千代の富士の記録の多くを朝青龍が塗り替えることは可能だろう。

しかし、あの悪魔のような強さを超える力士となるかどうか、については何とも言えない。

少なくとも、現時点では千代の富士には追いついていない。

他人の身体にへんてこな線引っ張って動きを分析するオッサンが、千代の富士の相撲に対して強引で観るべきところがない、とでも言いたげな評価を下していたように思う。

確かに53連勝の映像でも、土俵際まで追い詰めて、あとは腰を割って押し出すだけでいいのに吊りに行くシーンが多々あったし、頭を押さえての「ウルフスペシャル」など強引といえばかなり強引だ。

でも、それゆえに千代の富士のすごさを感じざるを得ない。大兵が小兵の頭を押さえるのではない。あの小さな身体で大型力士の頭を押さえて投げるのだから。

これは単なる剛力ではなくて、強大な中心力があって始めてなし得ることだ。中心力が胴体を通じて腕に伝わっているのだ。

鉄太郎の所属する太気拳至誠塾では、意拳の双推手を稽古の終わりに必ず行うが、これもまずはお互いの中心をぶつけ合うようにまっすぐに押す。

高木塾長はいつもこう言っている。

「組手はいかに中心を外すか、なんですが、これは徹底的に中心をぶつけ合ったあとにやるべきなんです。これが出来れば中心を外すのなんかいつでも出来るんです」

まずは中心を捉える精度を上げて行く。そして体のどこからでも中心力が出るようになって初めて、意のままに相手の中心を外したり誘導したり出来るのだ。

小兵が大兵を投げる為にはそれが最低条件。テクニックだけ稽古して、鍛えた巨漢を投げるなんて無理。まずは体から変えてゆかないと。

それが無く、小手先の変化やその場しのぎの対応を考える者は、いつまで経っても強いヤツとの差が埋まらないのだ。本質が変わらないのだから。

太気も相撲も逃げるのではなく、身体を練り上げて中心力で対応・変化するのが、その真髄である。

逃げていては、何事も始まらない  
                  鉄太郎